手洗いは基本中の基本
手洗いは単純なようで、実に有効な感染予防手段、食中毒の予防手段であることは説明しました。手洗い自体が有効であることはまちがいないのですが、手洗いにはもうひとつ重要な役割があります。それは衛生管理全体の指標になるということです。正しい手洗いが徹底できているかどうかは、その組織やチームの教育の浸透度を表していると言っても過言ではありません。基本中の基本である手洗いがしっかりできていないのに、それ以外の衛生管理ができていることはない、ということです。とくに組織の責任者、リーダーが正しい手洗いをしているかどうかが重要です。口ではもっともらしいことを言っていても、責任者、リーダーが実行していなければ、おそらく指示は浸透していないでしょう。部下は上司をよく見ています。実務をしようとしない上司を部下は信用しません。そうなると手洗いに限らず、他の指示も、「適当にやればいいんだ」と捉えます。組織を組織たらしめるためにも、手洗いは決してバカにはできないのです。

「しつけ」が組織レベルを示す

また、こんな観点でも手洗いを指標として見ることができます。私たちが第三者の立場として、衛生監査やコンサルティングに入る際、現場の人から、「手洗いをマニュアルのとおりに行ってから入ってください」と言われることがあります。外部のお客様だからといって、ルールを無視して現場に入っていいわけがありません。それを毅然とした態度で外部の人間にも求めるところは、信頼できます。衛生管理にポリシーを持っているからです。品質管理の基本に5Sという言葉があります。「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」の頭文字がすべてSではじまることからそのように呼ばれていますが、教育の浸透を支えるのが最後のしつけです。しつけができていることがその組織のレベルを示しており、その指標として「正しい手洗い」ができているかどうかは重要なポイントなのです。

お医者さんの手洗いとは?

最高レベルの殺菌法

もっともクリーンな衛生状態が求められるお医者さんは、どのような手洗いをするのでしょうか。ここではもっとも高い衛生レベルの手洗い方法について説明しましょう。前述した手洗いの三つのランクで、最高レベルの「手術前手洗い」という方法を紹介しました。では、具体的にどのような方法なのでしょうか。手術の前の手洗いでは、汚れと通過菌(一時的に付着している細菌などの微生物。病原微生物はこの通過菌)を落とすことはもちろん、常在菌と呼ばれる、普段から手に付着している細菌などの微生物をできるだけ除去しなくてはなりません。手術を受ける患者は、通常では感染症を引き起こさないような微生物でも感染する怖れがあるからです(日和見感染)。手術の前の手洗いと言うと、テレビドラマなどでブラシを使って肘のあたりまで徹底的に洗っている映像を見たことがある人も多いでしょう。

長時間の手術に耐える持続効果

今では、ブラシを使うのではなく、消毒剤をしっかりと擦り込む「擦式法(ラビング法)」も主流で、これまでの方法と併用されています。この方法でも十分な効果が得られることがわかってきました。それならば「衛生的手洗い」と同じでは、と思われるかもしれません。方法としては同じなのですが、使う消毒剤に違いがあります。「衛生的手洗い」では速乾性のアルコール消毒剤で消毒すれば十分でしたが、「手術前手洗い」では、アルコール消毒剤に持続効果のある殺菌剤を配合したものが用いられます。手術は長時間かかることも多く、いったん消毒した場合でも残った常在菌は増殖します。持続効果のある殺菌剤を用いることで、常在菌の増殖を抑制することができます。配合する殺菌剤の種類や濃度についても日々研究が進んでおり、できるだけ肌にダメージが少なく、効果が最大になるものが開発されつつあります。